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意見の聴取(3) 対峙 [フィクション]


意見の聴取(2) からの続き


名前を呼ばれた近藤という男性は、木内に案内されて意見の聴取室へ入っていった。近藤が入室すると、入り口の扉は開いたままの状態で”意見の聴取”が始まった。

室内の会話は完全には聞き取ることができないが、近藤がなにやらきつい口調でまくしたてている。
「その時は暗くて一方通行の標識が見えませんでした」
「一時停止をしたつもりだったのですが、止まってないと警察官に言われて・・・」

どうやら違反の事実について質問されて、その返答をしているようだ。自分の番が回ってきた時の参考になるかな、と思って秋本は聞き耳を立てた。

5分ほどして、近藤は待合室へ戻ってきた。どうやら聴取が終了したらしい。神妙な顔つきでもといた席に座った。それから数人が順番に名前を呼ばれて、聴取を受けた。一人あたり数分程度で聴取は終わるらしい。ほとんど話し声が聞こえてこない様子を見ると、長々と話をすることなく聴取は終了しているようだ。


「整理番号20番の秋本速雄さん、いらっしゃいますか」
木内が自分の名前を呼んだ。小さな声で返事をすると、木内の後について緊張しながら意見の聴取室に入った。そして案内された椅子に腰かけた。

意見の聴取⑫.JPG


秋本の目の前には巨漢の男性が座っていた。「意見の聴取主催者」と書かれたプレートがデスクの上に置いてあり、男性のネームプレートには「星野」と書かれている。どうやらこの男と面談をするようだ。

星野の年齢は60歳前後だろうか。白髪まじりの髪は手入れをしていないのかボサボサだ。メガネの奥から覗く目は蛇のように鋭い。初対面の秋本のことを睨みつけているようにさえ感じる。こんなところで出会わなければ、間違っても親しくなりたくないタイプの人間だが、今日はこの男と対決しなければならない。


「それでは、名前と生年月日を教えてください」
星野が淡々とした声で質問する。
「秋本速雄、昭和49年1月12日です」
秋本は緊張しながら質問に答えた。

補佐官の木内が続いて質問した。
「秋本さんは平成21年11月21日に、彩玉県浦野宮市の国道17号線から右折をして進入禁止の道路を走り、警察官に取り締まりを受けました。この事実に間違いはありませんか」
「間違いありません」
「過去の記録を見ると、秋本さんは小さな違反を繰り返していますね。小さな違反でも積み重なると、点数が加算されて免亭になりますからね、気をつけてくださいね」。
「はい」
秋本は素直に返事をした。

「通行禁止違反の反則金は、もう納めましたか」
「はい、払いました」
「この違反の後、事故を起こしたり別の違反はありませんか」
「ありません」
秋本は聞かれた質問に対して簡単な返事を繰り返した。


「今回の処分に対して、何か言いたいことはありますか」
秋本は少し間をあけてから、昨日考えておいた話を切り出した。

「えっと・・・通行禁止の違反のことなんですが。その時ですね、車にペットの犬、リリーっていうとっても可愛い子犬なんですが・・・ 一緒にいまして」
秋本の話に星野と木内は黙ってうなずく。
「急に具合が悪くなったんですよ、突然。それで動物病院に行こうと思って、カーナビで検索したら一件見つかりまして。ナビの指示通り交差点を曲がったんですが、その先にお巡りさんがいて止まれっていうので何かな、っと思ったら、違反だって言われました。その道は左折進入はできるけれど右折して入ることができない道だから、カーナビで調べてると違反に気付かないよって言われました」

星野と木内は黙っている。秋本は上ずった声で話し続けた。

「つまりですね、違反するつもりは全くなかったんです。まあ、運が悪かったといいますか」
「しかし、調書をみるとペットのことは何も書かれていませんよ」
星野の質問に秋本は焦って答えた。
「リリーは座席の足元にいたので、お巡りさんも気づかなかったんだと思います」

意見の聴取⑭.JPGワン?


星野と木内はお互い顔を見合わせた。星野はふんっと鼻を鳴らすと、含み笑いをしながら秋本を睨んだ。
「話は分かりましたが、ここは違反の事実について争う場所ではありません。今の話も処分決定の参考にはしますがね。他に何か言いたいことはありますか」
「いえ、ありません」
「それでは、これで意見の聴取を終わります。お疲れさまでした」

秋本は立ちあがって失礼します、と軽く会釈をすると、木内に促されて部屋を退室した。時間にして、わずか3分ほどだった。


つづく → 意見の聴取(4)へ

 
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コメント 6

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kimiko

言いたいことは...と訊かれても、温情のない空気の中で、ロボットと対峙しているような空しさが漂ってきますね。^^;
一時停止違反で捕まったとき、「止まって確認」した意識があったので、強く主張したのですがキップは切られてしまいました。
六角橋にはまだ呼ばれたことないですが(笑)
by kimiko (2010-03-05 06:29) 

かみさま

あらら(((^_^;)

言い訳しちゃったんだ…

僕は聴取は違反をした自分を認めて反省を見せる場所だと思ってます(笑)

by かみさま (2010-03-05 12:40) 

tak

>「ここは違反の事実について争う場所ではありません」

→じゃあ、なんのための意見の聴取なんでしょうね。
(^^;

まあ、意見の聴取に行きさえすれば、90日免停が60日に
なるとか、1日講習を受けさえすれば、30日免停が1日ですむとか、
警察のやることは、わからんことが多いです。

私自身は、30日免停をくらったとき、1日の講習に出る
のがうっとうしくて、おとなしく、30日の免停処分を
受けました。担当の警察官は、かなりびっくりして、
「ほとんどの人は、1日講習を受けますよ。」とか、
「免停期間中にハンドルを握ると、取消になりますよ。
それでもいいんですか?」とか、いろいろ言われましたけど。

「べつに、仕事でクルマを運転しているわけではないですから、
1ヶ月くらい運転できなくても、べつになんでもないです。」
と答えたら、苦笑していましたが。

by tak (2010-03-05 13:28) 

akipon

★kimikoさん
一時停止違反は一番もめる取り締まりですね。本当に事故防止につながっているんでしょうか。秋本は六角橋を卒業して免許センターへ呼ばれてしまいました。意見の聴取は違反者が呼ばれる場所なので、冷たくされるのは仕方ありません。でも人情をつい期待したくなります。



by akipon (2010-03-06 00:22) 

akipon

★かみさまさん
秋本はあまり賢くないので、こんな展開になりましたが、普通の人は黙って聞いておしまいでしょう。この話はフィクションです。

by akipon (2010-03-06 00:22) 

akipon

★takさん
意見の聴取は処分決定の前に意見を聞いた、という事実を作る場所でしょう。お役所仕事です。
短縮講習の受講料は大切な収入減です。みんなが受けなかったら、仕事がなくなってしまうので、勧誘にも力がはいるのでしょう。秋本も次からは受けないようです。呼ばれないのが一番大事ですが。

by akipon (2010-03-06 00:26)